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大分市西鶴崎寺司二乙津橋で不発弾発見!避難勧告通行止め情報は?地元のSNS反応も

更新日:

2月10日の夕方ごろ、大分市西鶴崎寺司二乙津橋で不発弾が発見されました!

 

避難勧告も出たということですが、いったい何があったのでしょうか!

地元のみなさんのSNSの反応まで、詳しく調べてみました。

 

大分市西鶴崎寺司二乙津橋で不発弾発見の概要

概要はこちらです。

10日午後5時ごろ、大分市乙津の乙津川の河川敷で橋の工事のために地中を掘っていたところ、作業員が深さ3メートルほどの土の中に不発弾ようなものが1つ、あるのを見つけ、警察に届け出ました。

警察によりますと、不発弾のようなものは直径が40センチほどで、地中から見えている部分だけで長さが80センチほどあり、かなり古いもので周りはさびているということです。

引用:https://www3.nhk.or.jp/lnews/oita/20200210/5070005874.html 

乙津川の河川敷で作業をしていたときに発見されたんですね!

かなり古いものということですが、発見したときはさぞ驚いたでしょうね・・・。

大分市西鶴崎寺司二乙津橋で不発弾発見の経緯

10日午後5時ごろに、乙津川の河川敷で橋の工事を行っていました。

作業員の方が深さ3メートルほどの土の中に不発弾のようなものを見つけ、警察に届け出たことから発覚しました。

 

不発弾の大きさは直径が40センチほど、地中から見えている部分だけで長さが80センチほどで結構大きいことが分かります。

 

そもそも不発弾とは戦争で使われていたもので、今も残っているということは何らかの理由で爆発せず、そのまま現代まで残っていたということですね。

 

あまり不発弾が見つかったというニュースは耳にしないので私も驚きました!

 

佐賀県の陸上自衛隊目達原駐屯地から不発弾処理隊の隊員が不発弾の処理を行ったということですが、自衛隊にはそういう部隊がきちんとあるんですね。

 

さらに住民の皆さんは避難勧告が出て避難されました。

「不発弾で避難」と聞くと結構な騒ぎになったことが予想されますね。

不発弾が発見された場所は?

発見場所は大分県大分市西鶴崎寺司二にある乙津橋の河川敷です。

 

河川敷は普段お散歩やランニング、通学や通勤に使われている方も多いはずです。

そんなところにずっと不発弾があったと思うと、恐怖を感じてしまいそうです。

不発弾処理による避難勧告、通行止め情報

今回不発弾が見つかったことで、近隣には避難勧告が出されました。

 

避難勧告が出たのは午後8時、現場から半径およそ200メートルの範囲の221世帯、406人です。

避難したのはこの地域の方々とのこと。

保育園や会社などたくさんある地域です。

多くの方に影響が出たことが分かりますね。

 

また通行止めですが、乙津橋では通行止めになりました。

発見された午後5時ごろから通行止めになったということで、帰宅ラッシュに直撃してしまったのではないでしょうか。

大分市の空襲の歴史

今回なぜ不発弾がここ大分市に眠っていたかというと、昔大分空襲があったからなんです。

 

第二次世界大戦中の1945年7月17日、0時10分頃から1時40分頃にかけてアメリカ軍が行った空襲があったのです。

この空襲で死者は49人、負傷者は122人、全焼家屋は2358戸と大きな空襲が起こってしまったことが分かります。

 

このときに仕掛けられた不発弾が何らかの理由で爆発せず、今の今まで残ってしまったんでしょうね。

 

終戦からもう74年がたちますが、私たちの生活に未だに影響を及ぼしているということです。

被害が出なくて本当によかったですが、当時のことを忘れてはいけないという意味もあるのかもしれません。

地元民のSNS反応

   

まさか自分の住んでいる地域に不発弾が埋まっていて、避難勧告が出たなんて驚きでしかないですよね。

 

被害が何もなくて本当によかったです・・・。

まとめ

以上、大分市で見つかった不発弾について調べてみました!

 

あまり普段不発弾が見つかったというニュースを見ないので私も驚きましたが、日本にはまだまだ不発弾が埋まっているともいわれています。

 

74年たった今も忘れてはいけないということ、戦争に対しての認識を改めさせられるようですね。

 

とにかく今回は被害が出ず、よかったです。

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